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授業の記憶(国語)

5時起床。
寝つきが今ひとつだったせいか、なんだか目覚めがすっきりしない。久しぶりに偏頭痛。
朝のうちに仕事をある程度片付けて、土鍋で御飯を炊いて、焼き魚+糠漬け+キャベツの酢漬けという定番の朝ごはんを食べる。
台湾の朝御飯も美味しかったけれど、やっぱり朝御飯は和食に軍配が上がる。

久しぶりに犬とお散歩。空はスッキリした秋晴れ。
桜の葉っぱが急に赤くなった。いつの間に!

電話会議の参加と、Skypeでのコーチング。合間にコーチングのブログの更新。あっという間にお昼。
犬の御飯やら、調味料やらと足りないものを買いに出かける。今日は近所にしか出かけない予定なので、木綿の着物に薄手のストールで出かけたがちょっと寒いかも。

着物でスーパーで買物をしていると、お婆さんとお呼びして失礼ではないだろうと思われる年代の女性たちからいつも声を掛けられる。
「ねぇ、このネギ面白いわね」(←宮城産の曲り葱という長ネギについて)とか、「このスナップエンドウ高いわね」とか、世間話っていうのかな。これが不思議なことに着物の時に限るのだが、着物の話題ではない。
洋服だとこういうことはまずないのだけれど…。
我が家の近所だけの現象なのか?それとも、普段に着物を着ているひとは結構同じようことに遭遇しているのだろうか?

再度仕事を1時間ほどして、今度は図書館へ。
明日から池澤夏樹監修の日本文学全集が刊行されるので、しばらくそっちを読みたいのだが、図書館の予約の本が数冊回ってきているので、放置するわけにもいかず。
しかも日本文学全集のことをすっかり忘れて、ローレンス・レッシグの「CODE」に昨夜から手を付けてしまった。
大学を卒業したら読もうと一連の4冊は全て本棚に揃っており、突然思い出して読みはじめたが、やっぱり難しいなぁと思いながらゆっくり読みはじめたばかりなのだ。
(正確に言うと、20分読んでもこれしか進まないの?という感じで、ゆっくり読んでいるというよりは、結果としてゆっくりになってしまうということだ)

本日は久しぶりに時間があるので、真面目に御飯作りますかね。台湾行っている最中はほとんど野菜を食べなかったので、野菜尽くしだ〜。

<本日の晩御飯>

里芋とエビのガーリックソテー
ラディッシュバターソテー+ポン酢
青梗菜と鶏のタジン鍋 生姜風味
もずくと胡瓜の中華サラダ
サニーレタスかき玉スープ

へー、海老の背わたって、こういうものなのね…と初めて知りました。お料理一年生の私は知らないことばかりで、勉強になるね、全く。

来年のオファーで、英語メインの仕事があり、引き受けるかどうかをあれこれドキュメントをもらって検討しているのだが、英語のReadingスピードが著しく落ちていることに愕然。
スピードの問題というより、一面に並んだ英語を見るとうんざりするというアレルギー状態。
英語の仕事は今もあるのだが、最近は電話会議がメインで少しメールというのが多いので、大量の英文を読むというのがほとんどない。
まぁ、このアレルギーを治すには、ある程度毎日量を読まないとなぁ…ということで、台湾から戻ってから多読を再開。
いきなりハードルを上げると嫌になるタイプなので、10日間ぐらいは15分間だけ集中して読むことにしている。

初代Kindleを手に入れた時に洋書はほとんど始末してしまっている。
初代と現在使用しているKindleは前者がAmazon.comアカウント、後者がAmazon.co.jpアカウントなので、購入した本を移し替えることができなかった。
ところが、この初代Kindleがどこにしまったか思い出せない。
あれこれ、ごそごそ探っていたらSex and the Cityのペーパーバックが出てきたのでとりあえずこれを読んでいる。
もちろん、内容はビジネスと全く関係なく、単語も全然ビジネス寄りではないが、この10日間は英文を読むのを億劫がらないようにしようというのが目的なので、まぁいいかな…と。
それに会話が多いので、ちょっと格好良い短い相槌なんかもあって、これはこれで勉強にならないこともない。

CODEの続きを読む。あまりに難しいので声を出して読む。こうするとちょっと理解が進むのだ。
どうも私が難しいと思っていた箇所は、本全体の章立ての説明と流れの部分で、本文に入ったらだいぶ楽になった。章立てのと流れの説明があると、全体が俯瞰できて読みやすいというが、私はどうもこれを読むのがどの本でも苦手でイライラすることが多い。目次だけで充分。

声に出して本を読むと、学校の国語の授業を思い出した。
私は国語の授業がとても嫌いだった。同級生が本を声にだして読まされ、それを聞いていないといけないのが、たまらなく退屈だった。
本を読む子どもは多分みんなそうだと思うが、国語の教科書なんて配布されたその日に大体全部読んでしまうので、改めて人にゆっくりしたスピードで読まれても全く面白くない。
「このとき主人公はどんな気持ちでしたか?」というような質問も、そんなの文中に書いてあるじゃん…と、なんでそんなのわざわざ聞くの?馬鹿にしてるのか?ぐらいの気分だった。つまり国語の授業が何もかも退屈だった。

後年、中にはその問題の回答が全くわからない生徒もいることに気がつき、びっくりした。
でも、書いてあることがわからないという生徒にどうやってそれを教師はわからせることができるのだろうか?私には想像もつかない。
国語の先生ってすごい!と尊敬に変わった。



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