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仕事のための勉強とそのコツ

久しぶりの青空。

仕事の打ち合わせ。
長年いろんな場面で仕事で会うことがある男性と7年ぶりに会う。
「相変わらずおきれいですね」という彼の定番の冗談(挨拶)に、いつもなら「ありがとうございます」とニッコリするのだが、今日に限ってそうできないのは、腰が痛くてついに今朝から腰痛ベルトのお世話になる羽目になったせいだろう‥と思う。
自分は若さへのこだわりやら執着やらがそれほど強くないタイプだと信じてきたが、腰痛ベルトとには何やらショック。

おしゃれとか化粧とか装うことの全部が無駄な気がしてきた。

大学の勉強が楽しい。
朝からひたすら課題に取り組んでいるが、取り組んでる本を読んだり、ネットやらで調べ物をする度に、すごく近くにありながら全く気づいていなかった世界や仕組みを知ることで、そこから知りたいことが山ほど出てくる。
仕事にもそういう側面があるのだが、もうちょっとだけ悲壮感があって、「知りたいこと」というよりも、「知っておくべきこと」という感じになる。
元気なときは、仕事の勉強がすることが多いことは楽しいのだが、エネルギーのないときは、自分の無知さにうんざりして、こんなのが一生続くのか‥と、うんざりした気分になる。

中央大学で勉強していたときに、多摩の本校舎で、親友とも言える男友達と、「30代はうんと勉強して40代以降はその勉強の資産とそれまでの経験で食べていけるようになるのが理想」等と話した記憶があるけれど、40代後半になっても勉強の資産で食えるようになどまったくならないし、勉強し続けなければあっという間に終わりだ‥という危機感が強くなるばかりだ。

若い頃に比べて、ビジネスのための勉強の要領がよくなったとは思う。
その分野のスペシャリストになるのでなければ、ビジネスのための勉強というのは、「やり過ぎない」というのがコツだ。
自分に求められる範囲を見誤ると本来の仕事ができなくなる。

私の場合だと、自分の関わる業界や分野の最新の流れや用語を常に知っておき、それを一般の人にわかり易く説明することまでができればいい。
それ以上のことは必要に応じて調べればいい。若いうちはついつい自分の手で技術なども検証してしまっていたが、実際に手を動かす人になるならともかく、マーケティング・営業・企画系の仕事では、それはやり過ぎだ。
年齢や経験を重ねるにつれて、ここまで押さえておけば、OK…というラインが素早くみえるようになった。
さらには、それなりに知り合いも増えてくるので、これこれに関しては、この人からヒントをもらってみよう‥ということもできるようになる。
長い知り合いだから、私の頭があまり良くないというのもよく知っていて、このあたりを押さえておけば充分‥という私向けのアドバイスがもらえるのが有り難い。

一方で体力もエネルギーも年齢とともに落ちてくるから、こういった要領の良さみたいなものをつちかってこないと、やっていけなくなるんだな‥というのもよくわかってきた。
あの時の体力・気力でこの要領の良さがあれば‥と思わなくもないが、それじゃぁ年寄りには酷過ぎる、出番がなくなってしまうではないか…

ひょっとして、神様はやさしいのかもれしないな…とふと思う。
世の中というのはわりとよくできているのだ。多分。  


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