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2018年7月

嫁ぎ先

本日は7月のレポート締切日。
なんとか朝のうちに、最後のレポートを提出。
途端に頭がぼーっとしてきた。
昨日、夕寝(?)をしてしまい、自業自得なのだが、夜はさっぱり眠れなかった。
眠ったのは1時半から4時までの間だけだが、まぁ、ぼーっともする。

そのせいだけでなく、ここ一週間は3科目のレポートをずーっとがりがりやっていたのもあるだろう。
他所様はどうだかわからないけれど、私の場合アウトプットというのは、とにかく尋常ではないほどに疲れるのだ。
レポートの締切があろうがなかろうが、仕事も家事も全然減らないわけだから、まぁいつもよりずっと忙しかったと身体が文句を言っているのがよくわかる。

とりあえず、急ぎでやらなくてはいけないのは、冷蔵庫の食材を古くなる前に使うことだ。
蕪を糠味噌につけこみ、葉っぱのほうはふりかけにした。
今回は初めて梅と生姜の味付けとしてみたが、さっぱりしていて夏向きだ。
安いからと買ってきた鶏むね肉は、一枚はサラダチキンに、もう一枚は鶏ハムを仕込む。
セロリは茗荷と浅漬けにして、セロリ葉は明日のサラダとしてシンプルにいただく予定。
それぞれの嫁ぎ先が決まってちょっとホッとする。
冷蔵庫の中でどんどん鮮度が落ちていくのを想像するといつも胸の真ん中がぐっと押されたかのような息苦しい感じがする。

このところ、なんだか体重が減らないので、晩ごはんだけでなく、お昼も炭水化物は止めることにした。
今日もランチは、ベビーリーフとひたし豆にオリーブオイルと塩でいただく。
さらにチーズのオムレツ。
これだけだとお腹が空くので、プレーンヨーグルトにドライフルーツを混ぜて食べる。

人と一緒のときにダイエットであれこれ食べないというのは、なんとなく失礼だなと感じる。
相手がダイエットを理由にそうしても全然気にならないのだけれど、自分が言い出すのはイヤ。
美味しく一緒にパクパク食べたい。
だから、一人のときはその分少し軽めにしておこうと思う。

そういえば、先日滅多に口にすることのないエビフライを食べたがこれがとっても美味しかった。
美味しいとんかつ屋さんに行こうという会で、男性3人の会に紅一点で参加させてもらったが、食事もおしゃべりも楽しい会で、toggleのタグも「社交活動」ではなく、「リラックス」となった。

夕方は疲れてしまって、暮しの手帖の最新号をダラダラと1時間ほど読む。

あっという間に7月の最終日が終了。

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夜のたのしみ

自宅にこもって仕事の日は、18時前に簡単な夕食をすませる。
昨日だと、缶ビール、インゲンと椎茸のバター醤油いため、レタス・ハム・ピーマンのサラダ(フレンチドレッシング)。

洗いものをして、歯みがきをして、スニーカーをはいて外へ。

目指すは地元の図書館。
18時過ぎると、勉強していた学生さんとか、年配の方たちとかが引きあげて、急に図書館は閑散とする。

小さい図書館なので、子ども図書のコーナーから、すべての書棚を見て回り、立ち読みして、気に入ったものは席に持っていって読む。
こんなことを1時間半ほどやって、すっかり満足して外に出る。

ぶらぶら涼しくなった道を遠回りして歩きながら、帰宅して20時半には布団に入る。

今年の夏は暑いおかげで、こんな夜の楽しみを見つけた。

大人になるっていいな、一人っていいなってつくづく思う。


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一流の頭脳

メンタルの調子がいいのは、きっと晴れの日が続いているからだろうと思っていたのだが、どうもそれだけはなくて、早朝の運動が定着したせいもあるようだ。

暑いので5時からランニングを1.1kmして、それからさらに1.1kmウォーキングをして(背中の肉が気になるので、大きく腕を振ることを意識して)、公園内で瞑想を15分。
終わってそのまま、iphoneでミッション/ステートメントを確認、数検アプリで5問の問題を解き(5級中学1年レベル)、duolingoで英語の勉強を数分やって、公園か空の写真を撮ってTwitterにアップという流れができてきた。

6月中旬からスタートしたときは、ランニング+ラジオ体操だったのだが、試行錯誤の上、このような形が定着してきた。

昨日図書館から回ってきた「一流の頭脳」という本を読んだら、心拍数が上がる運動のほうが脳にはいいということなので、ウォーキングよりはランニングのほうがいいそうだ。(あくまで脳には)
もうちょっとランニングを増やすには、さらに涼しくないと‥ということで、今朝は4時半に出てみた。
外出て涼しいな‥と思う時間は、猛暑の今年は4時台でないと難しことがわかった。涼しさが手伝って1.6kmぐらいまで延ばせたけれど、まぁ慣れれば2.2kmはさほど難しくなさそうだ。

猛暑とはいえ、汗をかきにくい体質のため、日常生活では常に汗ばむ程度にしかなれないのだが、さすがに走れば汗をかく。
お気に入りのベンチで、瞑想をすると、風が汗を乾かしてくれ、これが猛烈に気持ちい。
いや、これマジで南の島レベルじゃん!というぐらい、満足度高いのだ。

本の話に戻る。
「一流の頭脳」を読んでいると、今わりと仕事も学業も順調にいっているのは、どうやらこの一連の運動効果もかなり大きいようだ。
私としては、かなり多くのタスクを削ってスケジューリングに余裕をもたせることと、GTDやフランクリン・プランナー、Toggleなどのツールが使いこなせるにようになったことで上手く流れが作れるようになったのだと思っていたのだが、確かにこれだけだと、気力と集中力を高めるまでの効果はなさそうだ。

ネットのどこかで紹介されていて読んだ「一流の頭脳」は「脳を鍛えるには運動しかない」を読んだ私には、あまり新しく得たものはなかったのだが、人に薦めるにはいい本だと思う。
「脳を鍛えるには運動しかない」は豊富な事例があって読んでいて楽しいのだが、いかんせん文字が細かくボリュームが多く、文体もかためなので、普段本を読まない人には挫折しやすいようだ。
その点こちらは図解もあり、文字も大きく、脳を鍛えるには脳トレとかじゃなくて、とにかく運動、運動、運動、脳に良い事だらけだよ‥とわかりやすく、読みやすい。

どこまでこの習慣が続けられるかわからないけれど、これだけ爽快でメリットが多いのなら、ぜひ頑張って続けたい。







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朝の日課

空が青い。
きっと今日も暑くなるのだろうけれど、それでもやっぱり晴れているのはうれしい。
朝ごはんの片付けと洗濯を終えたあとに、休憩をとることにした。
朝は4時に起きて、体重をはかって、血圧を測って、目ざましがてらざっとSNSをチェックする。
Doit.imをもとに一日のタスクに優先順位を割りふって、急ぎでやる仕事はその場で片付けて、なければ読書をして(今はフリードマンの「遅刻してくれてありがとう」を読んでいる。
面白いけれど、そう簡単に読める本でもないので、ちびちびと)、日によっては外を走る。

お弁当がある場合は5時半から台所に立つ、お弁当を作らないときは6時から。
そこから朝ごはんを作って、合間に前日の洗濯物をたたみ、ゴミの始末やらぬか漬けをかきまぜたり、簡単な掃除をしたりして、7時に食事となる。
洗い物だの洗濯機をかけたり干したりだのと、終えると大体7時半。
ここから30分が休憩時間だ。

あたたかい紅茶を飲んでぼーっとする。
最近は「シンプルな豊かさ」を再読することも多い。この本は365日の日記形式で綴られているので、毎日少し読むのにちょうどいい。
1日分を読むと、今日もいい一日にしようと前向きな気分になる。

出かけなければ、その後瞑想して、仕事か大学の勉強をする。座っていることに疲れたら、合間に家事をする。
11時過ぎにエネルギーが落ちてくるので、お昼ご飯にして、午後からはあまりエネルギーのいらない仕事や勉強をする。

朝にきちんと休憩を取ると、一日のペースがを上げすぎたりすることが自然になくなるようで、ペース配分がうまくいきやすいことを最近発見した。

うん、これ悪くないな。






後日談:
8月に入ってからは、あまりに暑いので朝の読書をけずって、4時半から走るようになった。
1〜2kmほど走って、その後公園内のベンチで瞑想。
瞑想が終わったら、スマホを使って数検アプリ、Duolingoでちょっとだけ勉強。
もうちょっと時間があれば、ミッション・ステートメントの確認をして、ラジオ体操に参加しなければ6時前に自宅に戻るという流れになった。
このぐらい公園にいると、自然に囲まれた効果なのかかなり気分よく1日がスタートできる。

‥そのせいか、休憩とる仕組みが消えてしまった。
いいのか、悪いのか‥まだ結論は出ていない。

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よっちゃん、それかっこいいぜ〜

その日の富山行きの飛行機に乗るには、バスで搭乗口まで出なくてはならなかった。
この時期、この時間に富山に行く人は少ないからだろう。
それでなくても、最近は東京から富山に行くなら、新幹線のほうが人気なのだろう。

待合室でバスを待ちながら、本を読んでいると、後ろから年配の女性たちの声が聞こえてきた。
「お父さんは、もういいちゃ」「私はもういかんが、あんたたち、いっとって」

なつかしい富山弁だ。
ついつい耳をかたむけてしまう。
施設にいるらしい旦那さんと出かけたときのはなしをしていた。
旦那さんは、奥さんがさんざっぱら苦労していっしょに外出することにつきあっても、まったく感謝せず、外出に連れ出してあたりまえのような態度だったそうだ。
それに腹をたてている奥さんと、その奥さんをなだめる別の女性という会話だ。

亡くなった父は富山の出身だった。
遠いこともあったし、両親の離婚もあって、父方の実家に行く回数はそう多くなかった。富山の祖母はなかなか気の強い女性で、きつい口調で言いたいことをハッキリいう人だった。
裏表のない性格で、明るくて、決して嫌いではないが、たまにしか会うことがないため、その口調はやはりこわく感じることが多く、東京に暮らす孫から見るとおっかない存在ではあった。

女性たちの富山弁の会話は、方言だけでなくその気の強さを感じさせる会話の流れもあって、わたしの中の祖母の記憶をはっきりとよみがえらせた。
会った回数がすくないので、記憶もすくないと思っていたのだが、富山弁をきっかけにリアルにわーっとよみがえってくると、いろんなことを記憶していることに我ながらおどろいた。

仏壇の前で怒られたこと「よっちゃん、それいかんちゃ」、
柱時計のある部屋の暗かったこと、
祖母の部屋に飾られたブラジルのお土産品の数々(叔父の家族がブラジルで暮らしている関係で、祖母は何度かブラジルに訪れていた)、
お正月にこたつに入って祖母と花札をしたこと、
母がしばらく家出をしていた時期に、
東京の家にきてくれて、私たち姉妹の面倒を見てくれたこと、
私がきちんとした服を着ているときに会うと、「よっちゃん、それかっこいいぜ〜」と言ってくれた(これ富山弁なのかな?)

父が富山弁を話している記憶がないな。
きっと富山の実家に帰っているときは富山弁だったと思うのだが、その記憶はまったくない。
私の富山弁の記憶は、祖母、叔父、叔母、それから従兄弟たちのものだけのようだ。
そこには何か素朴でまっすぐな印象がある。

父はいつも、富山に帰って暮らしたいと言っていた。
小さいころの私は、富山に暮らす…というこの言葉を聞くたびにため息がでたものだ。
小学生だった私は富山がきらいなのではなく、近所に本屋のない場所に暮らすなんて、とんでもない‥というその理由だけで、その場所に連れて行かれるかもしれないことに恐怖すらかんじた。

47歳のいまのわたしは、昨年は立山に登り、今年は仕事と富山県美術館を訪れて、駅近くの現在建てているプラウドのマンションをながめ、ここではいくらぐらいなのかな?などと考え、富山なら東京での打ちあわせの仕事も新幹線で週に1回ぐらいなら体力的にも行けそうだな‥などと夢想している。
Amazonのおかげで全国どこでも住めそうな気がしてきているのだ。
隔世の感がある‥というのはおおげさだけど。

どうにもお墓に父がいるとは思えないので、今回も墓参りもせず帰ってきてしまったが、祖母はお墓にいるような気がするな‥とあとから思った。
つぎはお墓にもよってこよう。

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Reluxと社交活動

雲ひとつない空。
びっくりするぐらい早い梅雨明けを迎えた東京では、人と顔を合わせれば「暑いですね」という言葉がついて出る。

職場、学校以外で人に逢うとき、私はtoggle の記録を、2つのフォルダのどちらかに分けている。
「Relux」というフォルダと「社交活動」というフォルダだ。

この他に、顧問先の歓送迎会やプロジェクトの打ち上げなどは、これは立場上ほぼ参加必須なので、「仕事」というフォルダに入れている。

顧問先の方や仕事関係者に個別に呑みに誘われたり、誘ったりというケースは、コミュニケーション上やっておいたほうがいいだろうと思うものは、「社交活動」というのが基本。
でも、時には行った結果、とても楽しかったケースもある。
この場合は「Relux」というフォルダに入れることにしている。

仕事関係の場合、楽しくなくてもそもそも「社交活動」だと思っていれば、あまり腹も立たない。

少し前に、友人たちと過ごす時間でとても楽しみにしていたものが、散々な結果となり、楽しみにしていただけになんだかその後も引きずってしまい、腹は立つわ、とにかく疲れたわ‥というのがあった。
「Relux」の予定が「社交活動」となってしまったわけだ。

その後に別の友人が東京に来るということで、突発で丸の内のお洒落なレストランでワインを愉しむ機会があった。
こちらは自分でもびっくりするぐらい愉しかった。
彼女と過ごす時間はこれまでも楽しいものばかりなのだが、今回いつも以上に、愉しく感じられたのは、先述した友人たちと過ごした時間にとてもがっかりしたことが大きく影響しているだろう。
ただでさえ一人で過ごすことが好きで、引きこもり思考なのに、しみじみ疲れてしまったことで、人と過ごす機会を減らしたい‥と心の底から思っていたのだと気づいた。
彼女と過ごせたおかげで、まぁ色々と腹立たしいこともあるけれど、やっぱり友人と過ごすっていいな‥と心から思えた。

6月はなんだかあちこちが忙しくてバタバタして終わった。
体調を崩さずに済んだことがしみじみありがたい。

7月に入って今年も残り半分。

時間が経つのが早いとは思うものの、今年は結構あれこれ色々とやっているので、まぁそのぐらい時間は経ってもおかしくないかなとも思える。
そう思えることってことは、それなりに自分としては満足のいく上半期だったということだろう。

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