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おかえり。

めずらしく6時過ぎに目が覚めて、外はうっすらと雨が降っている。
今朝は頭痛にプラスして、手足のほてりもあってカラダがだるい。ひょっとして更年期障害ってやつだとしたら、嫌だなぁ‥という思いが頭をかすめる。
朝食は冷蔵庫の残りものを適当に食べて終了。

体調がよくないので、どうにも調子が出ないが、人と一緒に作業するものに関してだけは、取り急ぎメールを出しておく。
こういうときはどうしても、優先順位が仕事にいってしまって、大学が後回しになる。

調子が出ないので、元気な人とランチでも‥と急遽、友人を誘い出し、ベトナム料理を食べに行き、その後にコーヒーとお茶をいただく。
あれこれお喋りしてエネルギーを分けてもらうと、一時的にずいぶんと良くなったので、くまざわ書店、DAISO、無印良品を散策して帰宅する。

帰宅する少し前からまた頭痛がぶり返す。なんだかね‥と思うが、気長に付き合うしかないだろう。

読み返している池澤夏樹の「光の指で触れよ」がぐいぐいと入ってくる。
MediaMarkerの記録によると、私はこの本を2008年にハードカバーで購入して読んだ後に手放し、2011年に文庫で購入して再度読み、そして本を手放し、今回図書館で借りて読んでいるようだ。バカバカしいといえば、バカバカしいが私らしい読書だな…とも思う。
三回目の今回、ものすごくこの物語が自分に入ってくる。
最初に読んだときは、主人公の一人である男性の浮気相手である若い女性にかなり肩入れした記憶がある。

この女性が雅歌を読むシーンを読んで、池澤夏樹の雅歌の本と聖書の本を購入して読んだ。
どちらも残念ながらさほど印象に残っておらず、読んだことだけ憶えている。

…が、今回は全く肩入れできない。
単なるワガママな若い女の子とということで、主人公が彼女のどこに惹かれたのかさっぱり理解できない。
一度目に読んだときも二度目に読んだときもそんなことは全く思わなかったので我ながら驚く。

今回ものすごく自分にこの物語が入ってくるのは、主人公の二人夫婦が人生の後半をどう生きるかを模索しているという状況が何かしら今の自分の状況に近いものを感じるからだな‥と読み終えてわかった。
二人とも、今までの人生の生き方に後悔はなく、満足している一方で、少しずつその場所が自分に合わなくなってきていることを感じ、色々なことが重なって夫婦同時に人生の後半戦をどう生きるかを考えはじめる。
多分、自分だけでなく自分の周囲も同じようなことを感じている人が多いため、物語の進行と同時に色々と考えさせられるのだと思う。

アメリカの同時多発テロが起きた明日は父の命日でもある。
富山の叔父と叔母からの電話でその話を少ししたせいか、すごく久しぶりに父の夢を見る。
内容は全く憶えていないが、ああ命日だからな‥と夢の中で思ったことは憶えている。

その後に、今年の2月になくなった犬が帰ってくる夢を見た。
外の扉をガリガリして、ああ、犬が帰ってきたな‥と思って、扉を開けて「おかえり。寒くなかったの?」とたずねるが、私の話なんてまったく聞かずに一目散に部屋に入る。
そして、その後に誰かが家に帰ってきて、「チャム帰ってきたよ」と話す。
多分それは、ごく日常的な会話なのだと思う。
遠くから帰ってきたというよりも、いつもの一言の会話のようだった。
朝になって、ああ、帰ってきた犬は確かにチャムだったけれど、勝手に外に出ていって扉をガリガリして、帰ってきたから開けてくれ‥というのは、同じヨーキーでも子どもの頃に一緒に暮らしたクルだったな‥と思う。
どうやら二匹は一緒になって、帰ってきたようだ。

「光の指で触れよ」を寝しなに読んで、神様やら天使やらの話があれこれ出てきたせいでこんな夢をみたのかもしれない。
どちらにしても逢えてよかった。元気そうだった。






雅歌―古代イスラエルの恋愛詩


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