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神は妄想である

5時起床。

終日顧問先。

顧問先の会議を見ていて、ルーティンの仕事が忙しく忙殺されている人にクリエイティブな仕事を頼むのは無理では?と思っていたら、案の定やっつけ仕事以下の趣旨を全く理解していないと思われるようなアウトプットが出てきた。
まぁ、職位的にその仕事をその人物に振るというのはわかるのだが、それならそれでルーティンを少し分け直すか、アシスタントをつけないと無理だろうと思う。
こういうのって外部から見るとよくわかるけれど、同じチーム内だと見えないんだよなぁ。
そういう意味で顧問の仕事というのは、結構面白い。

最初の頃は、なんでそんな簡単なことわかんないだろうな?と不思議に思っていたが、わからないというより、気づきたくないというのもあるんだと思う。
そういうときには、こちらが何を言っても受け入れないというのも見えてきたので、最近は黙って様子を見ておいて、失敗したときに即座にフォローできる準備だけしている。

このところ、三浦綾子さんの本ばかり読んでいるので、頭の中が神様の話だらけである。
自分の帰依する宗教があるって、自分の中にきっちりとした芯があるようなものでうらやましいとは以前から漠然と思っていたが、この人の本を読むと、具体的にどうぶれなくなるかが見えてきて、なるほどこりゃぁ信じられる宗教がある人は幸せだな‥と思うようになってきた。

…で、そんなことを考えていたら、突然本棚に長年積読になっているドーキンスの「神は妄想である」が読みたくなってきた。
我ながら、なんというひねくれた性格だろうと苦笑いしてしまったが、こういう機会じゃないとなかなか積読の本を片付けるのは難しい。
特に長年積読になっている本というのは、どういうわけだか非常に手が出しにくくなるのだ。

神は妄想である―宗教との決別


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