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広告企画とコピー

スクーリング二日目。
今回の先生は講評の時間をたっぷり取ってくれるタイプの先生だったので、全部の作品を見ることができて、とてもおもしろかった。

どうも私は、一見広告見えないタイプの広告が好きなのだというのがよくわかった。
全部見て、ああなるほどね‥と、2,3秒かかってわかるパターンの広告かな。
わかったときにニヤリとする何かがある。

しかし、こういう広告は先生方から見ると、わかりにくい‥ということで、広告としてはあまり良くないという評価になるようだ。
私がいいと思ったものは、全部その点で突っ込まれていた。
正直言えば、指摘でこう直したらもっといいかも‥という案は、私には聞いていて、えー、そんなのしたら格好悪いし、かえって印象に残らないのでは?と思うものが多かった。
こういうのって難しいなぁ‥と改めて。

私も仕事でよく同じようなことがある。
Webサイトのデザインの話はこのパターンが多い。
これは制作会社を泣かせることが非常に多いので、最近は、Webデザインページ集のリンクを渡して、この中でその会社の作りたいと思っているデザインや雰囲気のものをピックアップしてもらうようにしている。
役員会などで、全員一致で「最先端でドンドン攻める感じ」というような話に落ち着いても、全員が「最先端」という言葉に違うイメージを持っていて、もちろん「攻め」というイメージもバラバラだったりすることがわかってきた。
なので、この場合は、役員全員に「最先端」と「攻め」のイメージのWebサイトのピックアップを依頼し、それを全員でディスカッションする。
その際に、サイトで表現するものの優先順位をつけ、予算とスケジュールに応じて下のものは切っていく。

ここまでやるのに結構な時間が取られるのだが、ここまでやらないと、あとでちゃぶ台返しが多くて、時間もコストもものすごく無駄が出る。
逆に言うと、デザインに納得がいくと、後は結構流してしまうケースが多い、私に言わせるとそこから先、どうWebサイトを育てるかが重要なのだが…。

まぁ、それだけ誰もがいいと一致するものが少ないということだ。
授業では講評の際に、どういう意図でこの広告を作ったのか?というのを説明することができ、その点もかなり考慮されるのだが、実際の広告は見る人判断だから、そういうのもないわけで。
まったく意図したものを汲み取ってもらえないことも多々あるのだろうな。

「ある世捨て人の物語」を読了。


20歳から27年間、誰にも会わずアメリカ・メイン州の森に潜むように暮らしていた一人の男性(クリストファー・ナイト)の実話。

当然だかこのような男性が人と接することを好むわけもなく、唯一近づけたと言えるのがこの本を書いたジャーナリストの著者である。
それは友情と呼ぶには、濃さが足りないかもしれない、親交とは言えるかもしれない。

本には嫌悪するであろうが、この「隠者」の存在だけを語るのではなく、同じように隠者と呼ばれた人々の話や孤独を愛した人のいろんなエピソードが盛り込まれているのも興味深い。

私には野生の動物が、ある日突然その生活を奪われ、動物園の檻に入れられてしまったように思え、後半の近づくになるにつれて読んでいて苦しくなってきた。

誰にも理解されない生きづらさを抱えた人が生きていくにはこの世界はあまりにお節介な世界のようだ。


私が最近弱っているのは毎日「なんとなく」食べているからかもしれない

ひとつ上のアイディア。[新装版]


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