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2019年9月

うらやましいもの

どちらかといえば、あまり人をうらやましがらない性格だと自負しているし、他人にもそう言われることが多い。
身の程をわきまえている…と言えば、聞こえがいいかもしれないが、実態は諦めが早いのだと思う。

これは多分に両親の子育ての影響だと思う。
うちの両親は、基本的に子供が何か欲しいとか、して欲しいとか言うと、「わかった、今度ね」というタイプで、リクエストを却下しない人たちだった。
ところが、これはいつまでたっても実現されないのだ。
後で考えると、お金で解決できる問題はすぐに解決される。
解決されないのは、親自身が自分の時間を使ったり、頭を使ったりしなくてはいけないリクエストだ。

こういうことが続くと、多分、私のように諦めの早い子供が育てられるのじゃないかと分析している。

そんな私でも、他人の話を聞いていて、毎回羨んでしまうのが、体力の差異だ。

特に休暇明けの話。
仕事で会う人々からも、友人たちからも、旅行に出かけてストレス発散、気分をリフレッシュというのをよく聞く。

私にはそういうのができないのだ。
経済的問題とか時間的問題ではなく、毎日と違うことをするとものすごく疲れてしまうのだ。
もちろん、楽しいのは楽しい。
行って良かった‥と思うことが大半だ。

ところが、そこから日常生活に戻って、ものすごく疲れている自分を感じて、「あー、疲れた」と言葉が出てしまう。
そして大体、そこから次の週末の休みまでそれを引きずる。

旅行に出かけてストレス発散、気分をリフレッシュして、仕事を頑張るぞ!なんて思ったことは、20歳から30年近く働いているが一度も思ったことがない。

若い頃は組織で働いていたので、休み前には山のように仕事を前倒しで片付けて、行く直前にへろへろ‥というのがよくあった。
そんな中で、旅行に行くから駄目なんだ…と思っていた。

もう今はそういう仕事の仕方をすることはない。
だから、いつも通り毎日3時間〜5時間ぐらい仕事をして、旅行なりお出かけなりとなるのだが、やっぱり次の日はものすごく疲れている。
基本的には、土曜日1日少し遠くに出かけたら、日曜日は何もしないでダラダラしていないと疲れる。

しかも、私は基本的にあちこちを精力的に観光地を回ったりする旅行はあまりせず、どちらかといえば宿泊施設にこだわってぼーっと滞在したいタイプだ。

多分、自分のよく知らないエリアに行くというのに、すごく緊張するのだ。
刺激も多くて、興奮するのもあるだろう。
外食が続くのも苦手だ。
それから知らない場所に行くと思うと、準備やプランをせずにフラッと行けない。行く前から実はこれが結構なプレッシャーである。

こんなんだから、自分のフランクリン・プランナーに楽しい予定だろうが、仕事の予定だろうが、とにかくあれこれ入っているともううんざりしてしまう。

少し前に顧問先の若手が、お休みをとって北欧方面を回ってきて、お土産をいただいた。
前日ぎりぎりに帰国して、翌日から出社と聞いて「若いってうらやましいわ‥」などと話したけれど、私には子供の頃から一貫してそんな体力と気力があったことがない。

これがもう旅行に行っても、まったく楽しくない‥というのなら、行かなきゃいいのだが、行っているときはやっぱり楽しいのでややこしい。

先日も一泊二日で遊んできて、やっぱり帰ってきて、疲れた私を見た夫に、「遊びに行って疲れた‥って、それ駄目でしょ」と言われた。
まぁ、本当にそうんだよね‥と思うし、夫がうんと遊ぶと、元気になるタイプなので、そう思うんだろうなぁと。
そして、夫タイプの人が世の中の主流派なんだろう。

もう48年間そういう人間なのだから、この先突然、体力がついて、ガシガシ行動的になることはありえない。
それも、そういう人を見ると、心の底からうやらましいと思う。

よく自己啓発の本なんかに、他人と自分を比較していいことはない‥と書かれている。

そんなのわかってるんです。教えてほしいのは、その止め方なんだけどな‥と思う。

さて、私のお休みらしく、犬と近所の公園にリフレッシュしに行こうかな。

 

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お尻との会話

先日、夫が「Fさん(白のトイプードル ♂のママ 73歳 夫の犬の散歩仲間)の誕生日、今日だったみたい…。聞いちゃったら、なんか用意したほうがいいよね?」というので、「ちょっと高級なお菓子の小さくて洒落たものでも用意したら?」という話をしていた。

本日、夫はなぜか休みで家にいて、夕方から接待のみという仕事のスケジュール。
14時頃家を出るというので、「随分早いね?会社よるの?」と聞いたら、「Fさんの誕生日プレゼント買ってから、接待に行く」と言い出した。

プレゼント選びに2時間も掛かるかなぁ?と思ったところで…。

「ちょっと待て、私は誕生日にあなたからこれまで一度もプレゼントいただいたことないんですが…、犬の散歩仲間には、わざわざプレゼント買いに行くんですか、へぇ、そうですか‥」と言ったら、ものすごく慌てて、「いや。Fさんは女性と言っても70代だし…」とか、よくわからないことを言い訳し始めた。

女性にプレゼントとかいう問題ではなくて、なぜ私へのプレゼントを事前に用意しないのか‥(もちろん事後もないのだが)というのが問題点なのであって、浮気がどうとかいう話ではないのだが、もうなんというかTCP/IPではないが、階層が異なってしまっていて、通信が成立しないというのか…。

そういうことじゃありません!という言い訳が続く。

「いやいや、近所のその辺で買うよ」
(なるほど、都心に出かけて行ってわざわざ買うのが気に入らないに違いないという誤解)

「もらった商品券で買うよ」
(つまりお金は掛けてないよ‥という言い訳)

「パパっと適当に買うだけだから、そんなに早く出る必要もないな…」
(つまり、別にすごく吟味して選ぶわけじゃないんだよという言い訳)

男女差の問題なのか、単に夫がアホなのか(多分、後者だと思うけど)

よく私の母親が、話の通じない相手がいると、「もう、あの人と話しているとお尻と話しているみたい…」と怒っていた。
「お尻??」と思っていたが…。

まさに、夫と話していると、時々お尻と話しているような気がする。

 

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欲と好奇心と妄想のはなし

このところ、寝しなに「あるノルウェーの大工の日記」という本を読んでいる。
タイトル通り、ノルウェーで大工として働く著者の日々が綴られている。
大工仕事の細かい専門用語も結構多いので、よくわからない部分もあるのだが、真摯に仕事に向きあう毎日の話は、どこの国でもどんな仕事でも共通していることがあるんだな‥と感じる。

 

仕事というのは、外でお金を稼ぐ仕事でも、子供や家族の世話をするという仕事でも、いわゆる身の周りの家事でもなんでも真剣にやるほうが、ずっと楽しいと最近思うことが多い。

山に登るなんていう遊びも、体力は使うし、入門者だろうが上級者だろうが危険があるため、真剣にならざる得ないそんなところが、また魅力的なんだと思う。
そう考えると遊びも趣味も、真面目に取り組むほうが多分奥が深くなって面白い。

仕事との違いは締切がないことと、MUST(しなければならない)があるかどうかの違いだけのような気もする。

そんなふうに感じるようになって、対自分比であるが、私は以前より物事に集中して取り組んでいるような気がする。

その一方で、なんだか自分がいろんな意味で、「欲しいもの」とか「なりたいもの」とかそういう人生に対する「欲」みたいなのが、薄れてきてしまっていることにちょっとびっくりしている。

昔は何かを始めると目標設定みたいなものが、自分の中にあった。
例えば、大学でデザインの勉強を現在しているけれど、昔だったらもっと並行してWebデザインの勉強を本格的にしてみようかとか、その手の仕事も少しやってみようかとか、卒業したら大学院も考えようか‥とかなったと思う。

美術つながりの話でいくと、なんでかさっぱりよくわからないのだが、「ヴァロットン展 三菱一号館美術館」という記事のアクセスがすごう伸びていて、これは単純に展覧会に行った感想で、別に何も詳しい話もないし、かなり前の展覧会だし、なんでそんなにアクセスされるのか、私にもさっぱりわからない。もっと詳しい記事はいっぱいある。
特に有力な記事からリンクされているわけでもないようだし。

展覧会の感想記事はたまにこういうことがある。
昔だったら、「よし、ではもっと展覧会の記事をちゃんと書いてみよう、どのぐらいアクセスが変わるか見てみたい」とか、そういうことを発想したと思うのだが、今は「不思議だわ〜」ぐらいで終わってしまう。

先日に開催した読書会も、よく「将来的にはどういう方向性で進めるのですか?」聞かれるが、全くなんにも考えていない。
読書会って面白そうだなぁ‥と考えていたときに、たまたま一緒に本の話をするのが楽しい方がいて、その方がまたテキパキされているので、この人と一緒ならそういうのが楽しくできるかも‥と思ってはじめてみただけで。
実際に始めても、うん、やっぱり面白いな‥とは思うものの、それ以上こうしていきたい‥というのがない。
少し前にも参加者の方から、「どんどん人数増えちゃったらどうするんですか?」と聞かれたけれど、「うーん、グループ分けますかね…、別に課題本についてのなにかの結論を出す会でもないですしね…」としか、答えようがなかった。

何かを軸において、自分を成長させようとか、拡張させようとかなくなってしまった気がする。
逆にいうと、自分はそういうのがあんまりないと思っていたのだが、結構あったんだな‥と気づいた。若い頃はもうちょっと「欲」があったんだな‥と。
多分、「欲」でもあり「好奇心」でもあってそれが混ざり合っていて、その時時において、どっちかが強く出たり、弱く出たりしていたのだと思う。
おそらく最初は「好奇心」、これをやってみたらどうなるだろう?で、たまたまそれが上手くいったりすると、「欲」に変わってくる。「あ、この路線行けるんじゃないの?」となっていたのだと思う。

変化は年齢を重ねたせいのような気もする。
それとこのところ、どういうわけかお仕事をする相手が、コーチングを含めて、20代と60代という方が多くて、両極端な世代とお話をしていると、人間って器に応じたところに落ち着くんだな‥と感じることが多くなったせいかもしれない。

書いてて思ったけれど、「欲」というほど明確な意志のあるものじゃなくて、「妄想」が減ったというのが正しいのかも。

 

Kurumi

追伸:「お母さんの話、いつもオチがないね‥」と言いたげなくるみ。ごめん。

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公衆電話の存在意義

携帯電話を自宅に忘れた。

この日は、午前中に美容院に行って、午後から夕方まで、組織と人材に関するフォーラムの講演を聴講する予定だった。

美容院に向かうバスの中で、携帯電話を忘れたことに気がついた。

さて、どうしよう?
携帯電話が絶対に必要なのは、フォーラム会場で待ち合わせている相手とうまく会えないときだ。そもそも、先方は私が携帯電話を持っている前提のはず。

バス停に運良く公衆電話があったので、まずは自宅にあるか確認するのと、あわよくば今日は平日だというのに、アポがないから自宅で犬と遊んでいる夫に携帯電話を届けてもらおうと電話する。

掛けている音はするのだが、2回ぐらいなると切れてしまう。
うーん、公衆電話には出ないことにしている設定なのだろうか。
何度か試すがいずれも同じ反応。

ひょっとして?と思い、自分の携帯電話に掛けてみる。
しばらく鳴らして留守番電話になったところで切る。
そして、夫にもう一度電話したら、やっと出た。

どうやら、携帯電話の表示は「非通知設定」になるようだ。
これは帰宅してから、自分のiPhoneでも確認したが、確かに「非通知設定」で着信履歴がある。ずっと以前の携帯電話では、 「非通知設定」と「公衆電話」というのは区別されて表示されていたはずだが…。

「非通知設定で何度も電話したって出るわけないだろう‥」と機嫌の悪い声で言われた。
ここでタクシー代払うから携帯電話持ってきて、なんていうのも面倒くさいことになるなと思い、自宅に携帯電話がとりあえず置きっぱなしになっていることだけ確認して電話を切る。

(こういうケース場合、愚痴愚痴言う夫に私がキレて、「ハー、もう二度と頼まないから結構です!」となり、夫が平謝りに謝り、「だったら、最初から気持ちよくやれ」とまた私がキレるというのが定番)

となると…。
待ち合わせ相手の会社に電話をして、携帯電話を持っていないことを伝えることにする。
たまたまその会社の名刺を持っていたので(←これはかなりラッキーな偶然だった)
そちらの部門代表電話に電話。

…が、これがまた
「こちらの電話番号では、お繋ぎできません…」

‥という無常なシステムからのメッセージが…。

部門代表だから?と思い、代表電話に掛けるも同じ。

うーん、やっぱり取りに帰るかなぁ。
…と悩むが、美容院で借りられたら借りて、それで駄目なら、タクシーで取りに帰ってお昼抜きでフォーラムでギリギリかな…と計算する。

結果的には、美容院で電話を借りることができて事なきを得た。

しかし、公衆電話に誰も出てくれないなら、公衆電話の存在意義ってどうなるんだろう…。
震災時とかを考えて大丈夫なんだろうか?と悩む。

電車の乗換案内もないし、Google Mapもない、仕事の連絡もボチボチありそうな‥と多少不安ではあったが、まぁ、何とかなるでしょう‥と、取りに帰らずGo!

結局、特に困ることもなかった。
空き時間いスマホがなくても、常にKindleは持ち歩いているので、特に問題なし。
帰宅したら、仕事の連絡はあれこれメールとチャットで入っていたけれど、別に急がなくても大丈夫。
そもそも私に緊急で用がある人って、ほとんどいなくて、まぁ娘と夫ぐらいなのだ。

フォーラム終了後、待ち合わせ相手と軽く食事をして帰る。
遅くなっても、今から帰ります‥とかいちいち連絡しなくていいって、気軽かも。
連絡しなくても別に怒られないけれど、夫は連絡してくる人なので(大抵、私はもう寝ている上に、21時〜翌朝4時まではおやすみモードにしてあるので、気が付かない)、まぁなんとなく連絡したほうがマナーなのかな?と思って連絡することが多くなった。

スマホなしでも私はいいが、周囲は面倒なんだろうな‥と思う。

スマホって何でもすぐに情報を調べることができるし、誰かに連絡もできるので、連絡つかない相手に対してとか、ネットワークの接続の悪い場所とかにものすごく耐久性が低くなるような気がする。

風呂場にまでスマホを持ち込む、うちの夫などは一日イライラしちゃうんだろうなぁ。

 

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追伸: 自宅に帰ってiPhone見たら、

PCでこのメールは確認できてるのかな? 確認できてるなら、場所指定してくれれば届けるよ、携帯!」

と夫から、メール入っていました。
切った後にマズイ!と思ったのでしょうねぇ。

美容院だ!って言ったでしょ‥、また話聞いてない…と怒ろうかと思いましたが、まぁ、アルコールでいい気分だったし、そんなのいちいち怒っていたら、また破綻するな、結婚生活…と思って、終了。


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