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住まいのはなし

気がついたらコタツの上に蜜柑が常備されるようになり、朝の紅茶には生姜を入れることが多くなり、布団から抜け出すのにブルーライトのお世話になってからじゃないと目が覚めなくなってきた、冬がきた。

先月ぐらいから、お向かいのマンションの部屋に明け方まで電気が点いている。
私が起きる5時前後に、その電気は消えるのでちょうど入れ替わりのようだ。お部屋の人が眠るのはそれからなのだろう。
受験生なのかもしれない。

寒いのはとても苦手だけれど、空気が凛としているのは嬉しい。
冬は決してきらいではない。
特に今のように冬が始まったばかりという時期にはそう思う。
そして、2月の後半から寒さに飽きてきてうんざりする。
毎年のことだ。

売却に出していたマンションに買い手が決定した。
売却の始めの時期から、購入意志を示されていた女性の方でお仕事の関係でなかなかローンが通りにくかったようだが、いくつかの金融機関にあたって審査が通ったそうだ。
とても好きなマンションだったので、同じようにとても気に入ってくれた方が購入してくれるのは嬉しい。

一方で、ポチ(夫)が売りに出している物件は、75平米のマンション4つ分の広さがある一戸建てだから、買い手を探すのはなかなか難しい。
先日、初めて見に行ってきた。
しばらく売れないのであれば、現在の賃貸物件にそのままいるよりもそちらに移り住んで住みながら売ったほうがいいのでは?という話になったからだ。
現在の賃貸物件も、来年12月は更新で更新料がここはなぜか1ヶ月ではなく、1ヶ月半かかる。

これは住むなら、1フロアだけ使う…ということにしないと、とんでもなく掃除に手間がかかる。使わなくても全く掃除しないわけにもいかないから、ルンバをまた買わなくてはならないだろう。

私の頭にはくるみのことが中心で、階段は犬の腰に悪いから行かないように柵をつけないとならない‥とか、近くの散歩に適した公園はどうか‥とかそんなことばかり見ていた。
それこそ、コーチング用のお部屋も他の部屋を通らず作ることができるのだが、残念ながら住居は東京の東側で駅から10分近くあり、今のクライアントさんの大半が東京の西側、神奈川、埼玉に住んでいる状況では不便このうえない。
とはいえ、完全に独立した仕事部屋が持てるのはやっぱり魅力だ。

売れたらまた引っ越せばいいというのも落ち着かないが、子供がいないというのはこういうときに躊躇なくいつでも引っ越せるのだな‥というのに気がついた。
転校を考慮しなくていいという引っ越しは随分と気軽なものだ。

とは言え、今の賃貸物件は昭和感がめちゃくちゃ溢れていて、さらに大家さんも親切だし、近隣の個人の方が営む飲食店は美味しくて居心地の良いところが多い、何より一緒に通った中学もこのエリアでやっぱりルーツとしてはここでしょ‥というのもある。

ま、この件については色々と関係各所とも相談が必要で未定な部分が多く、引っ越すにしても来年の少し先になるだろう。

風呂場にテレビがあるので、「これでテレビが見られるね」と言ったら、「風呂場にテレビあって、部屋にテレビがない家なんて変だろう」と言われた。
まぁ、確かにそうだけれど、十分じゃないかな‥と思う。足湯でもしながらのんびり見ればいいんじゃないか?と思う。
部屋にそんなものあったら会話減るし、うるさいから多分私はどこかに避難してしまって会話も激減してしまうと思うので、幸いその家は避難する部屋が山ほどある。

もしも、この家に住むならルールを決めようとポチが言い出して、何のことかと思ったら、仕事をしている時以外は、一緒にリビングにいること‥というものだった。
そうしないとそれぞれに引きこもってしまって、それに慣れてしまうのはよくないから‥ということだった。
今の家と同様になるべく一緒に過ごして暮らそうということだった。

今の家は35平米で台所をはさんで左右に部屋が振り分けられているが、何しろ狭いから相手がどこにいて、どんなことをしているかすぐにわかるけれど、確かにこの家はそうはならないだろう。

なるほど、家族で暮らしていたときにそういう状態だったのだろうな‥というのが、垣間見える話だった。
家族だから、適当に振るまって、好き勝手に暮らしていても、最後は家族だから大丈夫‥なんていうことはないというのが、お互い50歳近くになってわかってきた。
家族だからこそ気を使うべきなんだろうなと最近しみじみ思う。

 

20191203-085423

今朝の東京は冬晴れのお天気。

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