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尖がった存在

(中略)多かれ少なかれ、才能の絶対量の不足分を、それぞれに工夫し努力し、いろんな側面から補強していかなくてはならない。そうしないことには、少しなりとも価値のある小説を、長い期間にわたって書き続けることは不可能になってしまう。そしてどのような方法で、どのような方向から自分を補強していくかということが、それぞれの作家の個性となり、持ち味となる。

作家、村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること」からの引用です。

どんな仕事であれ、仕事にはある程度の才能というのが必要なのだと最近つくづく思います。(少なくとも何かしらの仕事にまず就くためには)
ただし、その才能は、一部の人を除き、才能だけで食べていけるということはなくて、ここで村上春樹が述べるように、その才能の絶対量の不足を補強していく必要があるのではないかと思います。

作家というのは、特殊な仕事かもしれませんが、これから実力主義(を標榜すると私には思われる)、グローバル化が進むと、いわゆるビジネスの世界も同じように仕事にその人の個性が求められてくるようになるでしょう。

なぜその人に仕事を頼むのか?
同じ仕事をコストの安いインドや中国にアウトソースすることできないのか?
正社員にする必要があるのか?
仕事を受けるときのライバルは、同世代の日本人だけではなくなってくるでしょう。

漠然と会社に勤めていて、給与は徐々にとは言え、右肩上がりになるというのは、おそらく難しい時代になってくる、現になりつつあると言えます。

「尖がった存在になること」というのがどの世界でも生き残りの鍵であると、そんなふうに私は思うのです。

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Comments

>多かれ少なかれ、才能の絶対量の不足分を、そ>れぞれに工夫し努力し、いろんな側面から補強>していかなくてはならない。

実感します。
しかし、「努力」って誰でもできそうだけど、「努力できる才能」とういうのもあるのではないかと最近思います。

Posted by: ピレネー | 2008.11.09 at 09:46 PM

「努力できる才能」なんとなくわかるような気がします。

Posted by: yoshikoo | 2008.11.12 at 07:21 AM

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